「清渓小屋が初めての家内に、私は少し欲を出して芝草平を見せてやろうと思った。杉ヶ峯から芝草平にかけて、こんなにも高嶺の花に彩られた蔵王を私はかって知らなかった。考えてみると、７月上旬は夏休み直前のことから山行をする機会がめったにない季節である。
ミヤマハンショウズル、オノエラン、ムシトリスミレなどの花も、咲いているのを見るのは初めてである。屏風の尾根はハクサンシャクナゲとサラサドウダンの花のトンネルであった。」 　(--故斎藤晴造先生追想文集「紫煙珈琲」より)


父が逝ってから早や、三年近くの歳月が流れ、いま私の住む工房から、１２年前の初夏、父と母が歩いた蔵王の山並みが遠く雨に霞んで見えます。
いまも父の書斎の片隅に積まれたスケッチブックには、多くのデッサンや水彩画とともに未完成の切り絵が残されています。

学生時代から、山岳部に所属していたこともあって、山、とくに雪山をテーマとしたものが多く、
絵の中には人物は出て来ませんが、そこには、つねに人の息吹が感じられ、山と仲間達への愛情が込められているような気がします。
また、山道で見かける野の草花も好んで描いておりました。
父は画家になりたかったようです。

当時、理学を専攻した私が、陶芸家を志ざしたいと父に打ち明けたのは、昭和４５年、それも大学を卒業する間際でありました。
反対されるのを覚悟でかけた札幌からの電話に、父の返事は、いつもの穏やかな口調で、「陶芸・・・いいじゃないか」。
そのひと言に、何か父を裏切ったような複雑な気持ちがしたものです。その一方、父の果たせなかった芸術の道を歩む決意が出来たように思います。

昭和５５年、父の還暦を祈念して母の刺し子と三人展をしたことがあります。その後、父は精力的に作品を制作し、母や二人の孫を連れて山に登る時も、必ずスケッチブックを携えておりました。あるいは次に、個展を考えていたのかもしれません。
しかし、平成元年、予期せぬ病に倒れ、闘病中に切った「四君子」が、最後の作品となり、それ等は、父がこよなく愛した蔵王の峨々温泉に飾られています。

このたび企画しました二人展を機に、果たせなかった父の夢を、せめてささやかな画集にして皆様にご覧いただきたいと思います。
この画集を作るにあたり、二高尚志会の加藤陸奥雄先生、東北大学山の会の佐藤春郎先生、そして東京大学の樋口陽一先生から、心温まる序文を賜り、感激と感謝の念に堪えません。
また、レイアウト・装釘等、実務全般に関しては、終始、深野稔生、せつ子ご夫妻の労をわずらわし、撮影には、杉山ちかお様心よく引き受けてくださいました。印刷では、�潟�ーメディアの菊地尊彦様、斎藤明弘様にお世話にになりました。
このような美しい画集に出来上がりましたのも、ひとえに皆様のお陰です。
記して心より感謝の意を表する次第です。

岩井　純